ケータイ辞書JLogosロゴ 荻原村(近世)


千葉県>夷隅町

 江戸期〜明治22年の村名。上総国夷隅郡のうち。「上総国村高帳」では旗本栗林氏・益田氏・吉川氏の相給,ほかに与力給地,「旧高旧領」では旗本吉川氏領,ほかに与力給地がある。村高は,文禄3年「石高覚帳」1,630石,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,673石余。「上総国村高帳」では家数220。神社は大宮神社・箭神神社。寺院は曹洞宗勢国寺・天台宗行元寺で,ともに慶安2年徳川家光より寺領を賜った。行元寺では請雨の行事が行われるが,その際の参列者による雨乞踊りが盛んで,元和9年には大多喜藩主本多忠朝が,請雨の修法を乞うている(行元寺文書)。江戸後期には少高林大和尚,幕末から明治初年にかけては随翁戒林・吉埜章如・市原助豊らが近隣の子弟を教育した。明治6年千葉県に所属。同7年荻原学校設立。同8年の教員数1,生徒数は男44・女1。同12年須賀谷小学校と合併,能実小学校となるが,同14年再び分離して明徳小学校となる。同18年の反別426町4反余(上総国町村誌)。明治22年千町村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292327
最終更新日:2009-03-01




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