ケータイ辞書JLogosロゴ 小野田郷(中世)


千葉県>長南町

鎌倉期に見える郷名上総国のうち「吾妻鏡」建久4年11月23日条に「上総国小野田郷住人本大掾国廉」と見え,国廉は姨母刃傷の罪科により,伊豆大島に流されているなお,「萩藩閥閲録」巻73天野求馬によると,鎌倉初期の鎮西惣奉行天野遠景(天野氏の祖)は足立遠元の養子で,遠元の父兼広は小野田三郎と称し,当郷を領し遠景に伝領されたが,その所職は惣公文職であったとある現在の長南町上小野田・下小野田・小生田付近に比定される(地名辞書・地理志料)なお「和名抄」上総国埴生【はにう】郡六郷の1つとして見える「小田郷」は当郷を誤ったものとする説がある
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292434
最終更新日:2009-03-01




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