ケータイ辞書JLogosロゴ 片貝村(近世)


千葉県>九十九里町

 江戸期〜明治22年の村名。上総国山辺郡のうち。「東金御鷹場旧記」には片貝組として片貝・中里・北・西・屋形・南の6か村の村名が見えるが,この6か村全部が片貝村であり(小川家文書),幕府・旗本本間氏の相給および南町奉行与力給知,「上総国村高帳」では幕府・多古藩,旗本長谷川氏・本間氏の相給および北町奉行与力給知,「旧高旧領」では幕府,旗本本間氏・黒川氏・石丸氏・長谷川氏の相給および与力給知。村高は,「元禄郷帳」821石余,「天保郷帳」1,146石余,「旧高旧領」1,167石余。「上総国村高帳」では家数468。当村は九十九里浜の代表的漁村でもあり,元禄年間に豊漁期があり,文化・文政年間の豊漁期には九十九里浜に適した船・網を用いており,網元は6,漁獲した鰯のほとんどが干鰯・〆粕にされ,江戸・浦賀の干鰯問屋に売りさばかれた(近世の漁村)。豊漁期はさらに天保年間・明治末年と続くが,明治20年の地引網数は10張であった(同前)。明治6年千葉県に所属。神社は皇産霊神社。寺院は日蓮宗教行寺・本隆寺。同6年南・北2校の小学校創立。同18年の反別429町2反余(上総国町村誌)。明治22年片貝村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292629
最終更新日:2009-03-01




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