ケータイ辞書JLogosロゴ 鎌ケ谷村(近世)


千葉県>鎌ケ谷市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国葛飾郡のうち。「旧高旧領」では幕府領。村高は,「元禄郷帳」72石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに134石余。小金牧のうち中野牧の野付村の1つ,野馬奉行綿貫氏配下の牧士三橋氏の支配地でもあった。木下街道の宿場町を形成し,旅籠に船橋屋,商店には鹿島屋・銚子屋・柴崎屋・丸屋などがあった。芭蕉ほか文人墨客が多数利用したという。豪商福田文右衛門は安永5年先祖一族供養のため,青銅金箔の鎌ケ谷大仏を建立した。神社は八幡神社,寺院は日蓮宗延命寺。戊辰戦争では鎌ケ谷大新田が戦場となり,鎌ケ谷大仏脇の墓地には官軍佐土原藩兵の墓が残る。明治6年千葉県に所属。同11年東葛飾郡に編入。明治5年の戸口106・637。同7年鎌ケ谷小学校が開校。明治22年鎌ケ谷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292767
最終更新日:2009-03-01




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