ケータイ辞書JLogosロゴ 神置村(近世)


千葉県>夷隅町

 江戸期〜明治22年の村名。上総国夷隅郡のうち。「上総国村高帳」「旧高旧領」では旗本花房氏・小沢氏・坂部氏の相給。村高は,文禄3年「石高覚帳」353石,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに316石余。「上総国村高帳」では家数80。歌舞伎・錦絵・小説・草双紙などに義侠の力士とうたわれて名高い白藤源太は当村の出身とされる。その原型は小高村の旧世襲名主片岡家の享保4年の文書中に見える,当村新左衛門伜源太郎と思われている(夷隅風土記)。天明3年には帯刀した浪人に対する自衛のため,近隣16か村と組合村を結成した(同前)。明治6年千葉県に所属。同18年の反別85町1反余(上総国町村誌)。神社は皇産霊神社,寺院は天台宗東漸寺(同前)。明治22年千町村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292810
最終更新日:2009-03-01




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