ケータイ辞書JLogosロゴ 川口村(近世)


千葉県>旭市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国匝瑳【そうさ】郡のうち。はじめ幕府領,寛永13年一部が旗本原田氏領,寛文10年一部が旗本小林氏領,さらに元禄10年残りの幕府領が旗本飯河氏領となる。村高は,「元禄郷帳」399石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに680石余。原田氏の知行は本組分と野田組分との区別があり,それぞれ西川口・東川口と呼ばれ,2名の名主が置かれた。徳川家康用命の柑子の栽培が行われていた。神社は内裏神社・浅間神社・八幡神社など。寺院は光明院・宝蔵院・加納院など。祭礼としては,川口・泉川・大塚原の3か村共同で行う内裏神社の御幸や浅間神楽・子安などがある。明治8年千葉県に所属。明治3〜6年医師椎名元禎が私塾行余堂学舎を開校。また,明治初年から同30年頃まで神官貝田有信は私塾貝田学舎を経営,のち和進小学校の初代校長も勤めた(旭市史)。明治22年豊畑村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292983
最終更新日:2009-03-01




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