ケータイ辞書JLogosロゴ 小関村(近世)


千葉県>九十九里町

 江戸期〜明治22年の村名。上総国山辺郡のうち。「東金御鷹場旧記」では小関組に属し,北町奉行与力給知,「上総国村高帳」では幕府領および北町奉行与力給知,「旧高旧領」でも変わらず。村高は,文禄3年「石高覚帳」210石,「元禄郷帳」210石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに381石余。「上総国村高帳」では家数142。元禄年間以降八川【はつか】村・大榎村を合併したという(上総国町村誌)。江戸中期以降には九十九里浜の鰯地引網漁が急速に発展し,明治20年では地引網数4張(近世の漁村)。当村は伊能忠敬の出生地。幕末の真忠組騒動の志士の本拠大村屋は作田川河口の小関新開にあった。明治6年千葉県に所属。神社は面足神社。寺院は日蓮宗妙覚寺。同18年の反別184町6反余(上総国町村誌)。明治22年片貝村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7293606
最終更新日:2009-03-01




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