ケータイ辞書JLogosロゴ 小南郷(中世)


千葉県>東庄町

 南北朝期に見える郷名。下総国東荘のうち。永徳2年閏正月28日付鎌倉府奉行奉書に「下総国東庄小南郷」とあり,10か年間,円覚寺に料所として預け置かれた(黄梅院文書/県史料県外)。これは応永7年に炎上した円覚寺黄梅院再建のためであったが(円覚寺史),翌永徳3年12月20日には鎌倉公方足利氏満によって当郷は勝福寺に寄進されている(東慶寺文書/県史料県外)。なお,年欠閏7月13日付恵釼書状に「上代勝福寺」とあり(金沢文庫文書/県史料県外),勝福寺は現在の東庄【とうのしよう】町内に存在したものと思われる。「千葉大系図」によれば,千葉一族東氏の祖胤頼の曽孫盛胤(海上次郎胤方息,東胤行養子)が「下総東庄小南沼闕城」に居住したという(房総叢書)。沼闕【ぬまかけ】城址は現在の東庄町小南字城山にある(城郭大系6)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7293728
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ