ケータイ辞書JLogosロゴ 鹿渡村(近世)


千葉県>四街道市

 江戸期〜明治22年の村名。はじめ下総国千葉郡,寛永4年からは印旛【いんば】郡のうち(印旛郡誌)。臼井藩領を経て寛永4年からは佐倉藩領。村高は,「元禄郷帳」304石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに307石余。当村は西部の船橋方面と東部の馬渡村・松尾村方面とを結ぶ道筋にあたり,交通の要衝であった。真言宗善光寺は村内外の参詣者でにぎわい,秘仏である本尊開帳には佐倉藩の立合を受け,近隣の人々が集まった(佐倉藩年寄部屋日記/県史料下総)。寛文7年成田街道臼井宿の大助郷村に指定されたが,享保8年には助郷役負担の是非をめぐり触元の臼井宿と当村を含む大助郷村12か村の間で騒動が発生した(四街道町史)。文政年間村内年貢283俵のうち39俵を千葉寒川蔵へ,残りを佐倉椎木蔵に納入する規定となった。文政10年の寄場組合では馬渡組合村,佐倉藩の五郷組合では山梨組合に属した。明治6年千葉県に所属。同年鹿渡学校開設。明治22年旭村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7294016
最終更新日:2009-03-01




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