ケータイ辞書JLogosロゴ 高萩村(近世)


千葉県>栗源町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国香取郡のうち。「各村級分」では旗本酒井氏・弓気氏・浅野氏・中山氏・堀氏の相給,「旧高旧領」では幕府,旗本中山氏・弓気氏・堀氏・浅野氏・青山氏の相給。慶長4年鳥居元忠の検地(矢作縄)をうけ,石高141石余(伊能家文書/佐原市史)。村高は,「元禄郷帳」288石余,「天保郷帳」342石余,「旧高旧領」341石余。貢祖は宝永7年田畑納米150俵,野芝年貢米8俵(石橋家文書)。家数は弘化2年57(関東取締出役控帳/香取郡誌)。幕府の佐倉七牧の1つ油田牧野付村9か村のうち。神社は熊野神社,寺院は同社の別当寺である天台宗薬王寺,境内地蔵堂では7月23日「おさんや」とよばれた地蔵祭が人出でにぎわった。ほかに日蓮宗本興寺。明治8年千葉県に所属。明治16年本興寺を仮校舎として岩部小学校高萩分校が開校。明治14年官有野地177町5反余の民間払い下げ運動が起こり,同20年元老院議官津田出が150町歩の払い下げをうけて開発会社を設立。明治22年栗源【くりもと】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7294711
最終更新日:2009-03-01




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