ケータイ辞書JLogosロゴ 立花郷(古代)


千葉県>東庄町

 平安期に見える郷名。下総国のうち。下総国国衙領の1つ。久安2年8月10日付平常胤寄進状・永万2年6月18日付荒木田明盛起請文・仁安2年6月14日付同和与状に「相馬・立花両郷」「相馬・立花両所私領」などとある(鏑矢伊勢宮方記/県史料県外)。当郷は平(千葉)常胤が父常重から相馬御厨とともに伝領した私領であったとみられるが,保延2年7月15日,下総国司藤原親通が,公田官物未進を口実に常重の身柄を召し籠めたため,その代償として同年11月13日に親通に譲られた。その後,常胤は上品八丈絹・砂金・上馬などを国庫に弁進し,久安元年4月には国衙から相馬郡司に補任されたものの,当郷のみは返付されなかった。当郷は,後に常胤の六男胤頼が拠った東荘(橘荘)の前身とされる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7294836
最終更新日:2009-03-01




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