ケータイ辞書JLogosロゴ 富塚村(近世)


千葉県>白井町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国印旛【いんば】郡のうち。「各村級分」では旗本遠山氏・伊吹氏の相給,「旧高旧領」では幕府,旗本遠山氏・伊吹氏の相給。村高は,「元禄郷帳」70石,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに115石余。小金牧のうち中野牧野付村の1つ,将軍の鹿狩などには勢子人足を負担している。当村を横断し葛飾郡藤ケ谷村へぬける古道は,銚子方向から江戸へ向けて鮮魚などが輸送されたため,俗に鮮魚【なま】街道と呼ばれた。木下街道白井村の助郷村(秋本家文書/県史料下総)。名主川上家の初代右仲は「佐倉炭」の製造発想者という。神社は富塚神社,寺院は天台宗西輪寺。庚申待が盛んで,「切られ庚申」の説話をもつ宝永3年銘の塔がある。明治6年千葉県に所属。同年円乗院に富墳学校が開校,翌7年富塚学校と改称,同20年富塚尋常小学校となる。明治22年白井村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7295200
最終更新日:2009-03-01




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