ケータイ辞書JLogosロゴ 名内村(近世)


千葉県>白井町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国印旛【いんば】郡のうち。「各村級分」「旧高旧領」ではともに旗本杉原氏領。村高は,「元禄郷帳」164石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに230石余。小金牧のうち印西牧野付村の1つ,将軍の鹿狩などには勢子人足を負担している。当村を横断し葛飾郡藤ケ谷村へぬける古道は,銚子方向から江戸へ向けて鮮魚などが輸送されたため,俗に鮮魚【なま】街道と呼ばれた。寛文・延宝期に持添の今井新田が開発された。金山落としの開削が進むと,名内橋付近まで高瀬舟が運行した。神社は鳥見神社・粟島神社,寺院は真言宗東光院。明治6年千葉県に所属。同7年東光院を仮校舎に名内学校が開校。明治22年白井村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7295228
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ