ケータイ辞書JLogosロゴ 長部村(近世)


千葉県>干潟町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国香取郡のうち。天正19年に検地があった(遠藤家文書/干潟町史)。「各村級分」では幕府,旗本山角氏・猪飼氏の相給,「旧高旧領」では幕府・旗本山角氏の相給。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに248石余。元禄9年までは鷹場であった。寛延3年明細帳によれば,反別は田16町余・畑2町9反歩余,家数30・人数166(同前)。弘化2年の家数23(関東取締出役控帳/香取郡誌)。天保6年当村を訪れた大原幽学は,教導場「改心楼」で性理学を説き,「先祖株組合」の結成や,農業技術の指導,土地交換など農村改造の実行者として活躍した。明治8年千葉県に所属。神社は日野大神(香取郡誌)。明治22年庄内村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7295455
最終更新日:2009-03-01




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