ケータイ辞書JLogosロゴ 西田部村(近世)


千葉県>栗源町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国香取郡のうち。「各村級分」「旧高旧領」ではともに旗本浅野氏領。慶長4年鳥居元忠の検地(矢作縄)では,田部郷と見え,石高322石余,名請人68,田方17町2反余・畑方7町(伊藤家文書)。村高は以後「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに322石余。慶長5年〜元和元年に旧国分家家臣2家ほか15戸が来住したと伝える(伊藤家文書/西田部村沿革史)。弘化2年の家数42(関東取締出役控帳/香取郡誌)。幕府の佐倉七牧の1つ油田牧霞郷の1村。神社は側鷹稲荷合神社,寺院は天台宗地福寺。明治8年千葉県に所属。明治22年栗源【くりもと】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7295681
最終更新日:2009-03-01




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