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- 壬生郷(古代)とは
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壬生郷(古代) 平安期に見える郷名「和名抄」遠江【とおとうみ】国磐田【いわた】郡十五郷の1つ東急本の訓は「尓布」「日本霊異記」中巻および「今昔物語集」12巻に遠江国磐田郡の人,丹生直【にうのあたえ】が奈良期,聖武朝の頃に磐田寺に塔を建立した説話が載っているが,丹生の姓は「新撰姓氏録」には見えず,当郷の郷名に因って名乗った姓といわれる比定地については,丹生直と磐田寺との関係から,現在の磐田市大字寺谷あたりと推定される(県史3)特に,磐田寺のように郡名を冠した寺院は郡の官人の建立にかかると推定されるが,大字寺谷付近は,官衙(郡衙)跡などが多く発掘されているなお,鎌倉期の建長8年5月29日の慈信宛親鸞書状(下野専修寺文書/鎌遺8000)に見える「ミフノ女房」も当郷に関係あるかとも推定される |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
壬生郷(古代) 平安期に見える郷名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
壬生郷(古代) 平安期に見える郷名「和名抄」美濃国池田郡六郷の1つ壬生部は皇子・皇女の経済的基盤として設定された部で生部とも表す大宝2年御野国戸籍には「味蜂間【あじはちま】郡春部【かすがべ】里・肩県【かたがた】郡肩々里・山方郡三井田里・加毛郡半布里」などに生部を名乗る者が多く見え,また「和名抄」には賀茂郡にも生部郷を載せており,美濃国には多くの壬生部が設定されていたことがうかがえる池田郡壬生郷の地は,旧宮地村に比定する説もあるが確定的ではない(県史)... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」