ケータイ辞書JLogosロゴ 猫実村(近世)


千葉県>浦安市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国葛飾郡のうち。はじめ徳川氏領,慶長8年からは幕府領。村高は,「元禄郷帳」80石余,「天保郷帳」203石余,「旧高旧領」463石余。江戸初期まで塩業が行われたが,寛永6年塩浜は荒廃して塩浜年貢免除となった(塩浜由来書/市川市史)。以後漁業と稲作が中心になり,一番土堤・二番土堤・三番土堤と呼ばれる堤防が築かれた。「葛飾誌略」(房総叢書)では,高122石余,ほか新田80石,家数約240で,大半が漁業に従事する。生魚などを江戸へ積み出し,肥料用巻貝のキシャゴは当村の触れなしにはとれなかったという(浦安町誌)。当村や堀江村などと船橋村とは漁場の争いが頻繁で,天明2年幕府評定所で吟味があり(東京内湾漁業史料),この訴えなどで犠牲になった3名の当村民を弔う「公訴貝猟願成の塔」を同8年真言宗花蔵院に建立。神社は神明宮社(現豊受神社)。安藤広重は「名所江戸百景」で「堀江,根古ざね」と題し,境川と両岸の漁家を描いている。明治6年千葉県に所属。同11年東葛飾郡に編入。同13〜15年の3年連続の大火で壊滅的打撃を受けた。明治22年浦安村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7295777
最終更新日:2009-03-01




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