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- 船子村(近世)とは
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船子村(近世) 江戸期~明治8年の村名舟子とも書く会津地方中部,阿賀川(大川)東岸に位置する会津郡のうちはじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領小出組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では136石余,文化15年の南山御蔵入領組村高帳では148石余(県史10下),「天保郷帳」「旧高旧領」ともに148石余端村に上船子がある化政期の家数は本村23軒・上船子10軒,船子峠の頂に1軒(新編会津)神社は御霊神社・伊豆神社元禄8年松川通りが開かれて,当村も往来が盛んになるが,宝永元年から脇街道となる当村東部の一里塚は松川通り開通の頃に作られた明治4年の戸数29・人口169(若松県人員録)同8年桑原村と合併して大川村となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
船子村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」