ケータイ辞書JLogosロゴ 松沢荘(中世)


千葉県>干潟町

 鎌倉期〜室町期に見える荘園名。下総国のうち。建久8年遷宮の際の香取神宮遷宮用途注進状に「依宣旨支配作料国中庄々」として「松沢庄七十石 進済了」とある(香取旧大禰宜家文書/鎌遺960)。妙覚寺(長南町地引)所蔵の応安7年9月24日付鰐口銘に「下総国松沢庄志高村中檀那九人」とあり(県史料金石1),また応永4年8月日付平憲忠寄進状に「下総国松沢庄仁良郷内田四町在家弐宇」を大応寺(佐原市丁子【ようろご】)に寄附する旨が見える(観福寺文書/房総叢書)。志高村は現在の山田町志高,仁良郷は山田町仁良に当たるので,中世の松沢荘域は現在の干潟町清和乙(近世の松沢村)から山田町東部一帯の地域を占めたと推測される。なお,東京国立博物館所蔵の福徳2年(延徳2年)8月日付鰐口銘に「下総国松沢大権現」とある(県史料金石2)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7296681
最終更新日:2009-03-01




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