ケータイ辞書JLogosロゴ 赤谷村(中世)


新潟県>栃尾市

 室町期に見える村名。越後国古志郡のうち。長禄3年6月2日の室町将軍家御教書に「越後国漆山・同赤谷村」と見え,大和梅茶法師(大和新左衛門入道)に安堵されている(平沢勘吉所蔵文書/越佐史料)。その後,文明末年の長尾・飯沼氏等知行検地帳には「〈赤谷〉……合七千八十五束苅」と見え,越後守護上杉房定の領地となり,飯沼弾正左衛門尉の家臣金沢五郎次郎が代官を勤めていた(上杉家文書)。明応年間の国衙之日記には「三貫文 あかたに」と見え,役銭3貫文を上杉氏に納入していた(米沢古文書集)。また延徳3年3月23日の益斎書状では赤谷は益斎の領地になっていて,益斎は某大和守を代官として派遣していたが3年分で60貫文の年貢未進があったので,栖吉(現長岡市)の長尾孝景に取りたてを依頼している(上杉家文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7305661
最終更新日:2009-03-01




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