ケータイ辞書JLogosロゴ 悪田村(近世)


新潟県>柏崎市

 江戸期〜明治22年の村名。刈羽郡のうち。はじめ高田藩領,天和元年幕府領,貞享2年高田藩領,寛保元年白河藩領,文政6年からは桑名藩領。村高は,「正保国絵図」20石,「元禄郷帳」61石余,「天保郷帳」66石余。隣村の荒浜村と境界争いがあった。文化年間「白川風土記」では家数102,北国街道が通り,男は漁猟,女は農業従事,北端鯖石川に渡船場があり,渡守家数14,渡守給・造船料は領主負担,強風時は1里川上の橋場村より渡船。三階節に「荒浜荒砂悪田の渡しがなかよかろ」と歌われた。安政年間渡守たちが自費で架橋し通行人から一定料金を徴集(現安政橋)。郷蔵2か所で土合・土合新田・下大・正明寺・曽地・曽地新田・吉井・大塚・井岡・剣・悪田11か村の貢米を納め,修理費用はこの組合より出す。産物は鰯と千鳥,千鳥は11〜12月初旬網で取り,焼鳥に供する。地内に稲荷社があり,阿弥陀堂は村支配。明治22年槙原村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7305699
最終更新日:2009-03-01




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