ケータイ辞書JLogosロゴ 天下島村(近世)


新潟県>栃尾市

 江戸期〜明治22年の村名。古志郡のうち。天ケ島村とも書く。はじめ春日山藩領,元和6年からは長岡藩領。村高は,「正保国絵図」では天ケ島村と見え64石余,「天保郷帳」146石余。天和元年高人別納物帳では家数8・人数51(宮島家文書)。寛延元年村鑑では米作のほかに稗・山蝋・葛葉など(栃尾市史史料集7)。また,幕末期の農間余業は紬織り,家数18(守門糸車)。炭の生産がなかったが,炭村として上納割当てがなされ,天保13年炭一揆に6名が参加。安永4年天下島若右衛門組の新田開発の願出提出,認可。天明元年和助が開いた天下島和助組と称する新田がある。ほかにも西部台地の開田が2度試みられた。元文元年大洪水後に百間土手が築かれたが,度重なる洪水で大破,寛政3年桐生佐右衛門(丹波屋)・坪井若右衛門が願人となり百間土手が構築され,流路は村の東部へと変化した。鎮守は白山神社。明治22年前東谷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7305809
最終更新日:2009-03-01




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