ケータイ辞書JLogosロゴ 今井野新田(近世)


新潟県>栄町

 江戸期〜明治22年の新田名。蒲原郡のうち。慶安2年泉新田組肝煎茂兵衛が新発田【しばた】藩から新田開発の許可を得たが,今井野の萱刈取権は早くから三条町・一之木戸村・東裏館村・西裏館村・曲淵村などが持ち,例年定請けをした重要な補給地であったため三条代官所との確執が生じ,江戸評定所への出訴事件も生じた。その後も争論が繰り返され,元禄16年には再び三条側の江戸出訴が行われ(三条図書館所蔵文書・佐藤元彦家文書),宝暦7年三条側の定請放棄・入所権譲与が行われたことにより,ようやく今井村・泉新田側が本格的な開発に着手し,宝暦11年に検地が施行されて田畑4町2反,升之内3町,川原1町が認められて成立。はじめ新発田【しばた】藩領,寛政2年からは幕府領。村高は,寛政12年,「天保郷帳」ともに4石余,「旧高旧領」122石余。低湿地で水利の便が悪かった。稲荷宮2社は元文年間以降稲作の神として勧請。明治12年南蒲原郡に所属。同18年今井野新田新田を合併。同22年五加村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306524
最終更新日:2009-03-01




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