ケータイ辞書JLogosロゴ 鋳物師(中世)


新潟県>村上市

 室町期から見える地名。越後国岩船郡小泉荘のうち。永享2年10月6日の平長義寄進状に,耕雲寺へ寄進された2貫100文の地に「鋳師屋ニ五百地」が含まれている(本庄文書/郷土村上20)。永正6年9月11日の耕雲寺領納所方田帳には「鋳物師屋殿之分」とされる耕雲寺領が多数見られ,ほかに鋳物師屋孫六・鋳物師屋孫十郎・鋳物師屋八郎大郎・鋳物師屋孫四郎・鋳物師屋孫大郎・鋳物師屋左衛門大郎・鋳物師屋衛門五郎・鋳物師屋弥三郎・鋳物師屋正士五郎・鋳物師屋玉川庵・鋳物師屋孫右衛門・鋳物師屋次郎五郎・鋳物師屋石栗・鋳物師屋藤五郎などが見える(耕雲寺文書)。同帳によれば,鋳物師屋殿寄進の田地は合計37貫438文地もあり,村上城主本庄氏寄進の21貫余文地を大きく抜いている。鋳物師屋殿についての史料はほかになく,耕雲寺3世南英謙宗禅師(1460寂)の語録の中に,「耕雲檀那鋳物師屋紹伯,於京師而逝去,其訃報到云云」と見える。現集落の入口から枝村「袋」へ通じる道の左側に館跡が残っているが,これが鋳物師屋敷の屋敷跡であろうか。「慶長国絵図」には「鋳師村」とある。鎮守河内神社境内に南北朝期の磧石板碑5基がある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306569
最終更新日:2009-03-01




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