ケータイ辞書JLogosロゴ 岩室村(近世)


新潟県>岩室村

 江戸期〜明治22年の村名。蒲原郡のうち。元和2年長岡藩領,寛永11年与板藩領,元禄15年幕府領,延享4年高崎藩領,宝暦2年幕府領,同13年高崎藩領,寛政12年幕府領,享和元年高崎藩領,文政4年幕府領,文政5年からは高崎藩領。村高は,慶長3年検地帳116石余,「元禄郷帳」203石余,「天保郷帳」215石余。用水は村内にある溜池や山出水を利用し,旱魃気味であったが,洪水の際には水湛地となり,水旱両難の土地柄であった。正徳3年温泉業が認可され,役永として,宝暦4年から360文,明和元年から400文を年々上納。切傷打身によい温泉として,江戸後期には越後を代表する温泉となった(越後土産)。天保9年の家数68,うち農業の暇に入湯稼ぎをするもの25軒,湯女を置く入湯稼人12軒。天保12年村万雑銭の使途をめぐり庄屋と村方との間に騒動が発生,同14年庄屋高島翁左衛門ら村の重立ちが処罰された。寺院は慶安3年検地帳に慶覚寺・松覚庵が見える。薬師堂は温泉所を許可された時に建立。神社は神明宮・諏訪社・十二社。ほかに地蔵堂があった。明治6年地蔵庵を借用して岩室校が開校。同12年からは西蒲原郡に所属。同20年割地慣行を廃止。同22年岩室村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306661
最終更新日:2009-03-01




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