ケータイ辞書JLogosロゴ 院内村(近世)


新潟県>下田村

 江戸期〜明治22年の村名。蒲原郡のうち。印内村とも書く。はじめ村上藩領,寛永16年安田(村松)藩領,明治3年からは新発田【しばた】藩領。村高は,「正保国絵図」「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに24石余。文化11年の家数7。真言宗最明寺の門前。同寺は天平元年,一説には弘仁2年の開基と伝えられ,最初は法相宗だったという。鎌倉期,北条時頼が巡錫した時,許しを得て最明寺と改称し,中世には高城城主長尾景久の祈願寺だったといわれる。鎮守は同寺守護の白山社。肝煎は文化11年宗右衛門,文政10年から庭月村肝煎が兼帯した。明治12年南蒲原郡に所属。同21年の戸数5・人口21。同22年本下田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306671
最終更新日:2009-03-01




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