ケータイ辞書JLogosロゴ 上野村(中世)


新潟県>川西町

 戦国期に見える村名。越後国魚沼郡波多岐荘のうち。永正3年8月1日に上野前伊賀守家成が「越後国波多岐庄吉田郷之内上野村」を孫の菊寿丸に譲っている(反町上野文書)。上野村は室町期・戦国期には新田氏の子孫と称する上野氏の支配下にあり,上杉謙信の時代には上野中務少輔家成が上州沼田の城将として活躍した。大永5年9月の大熊政秀段銭請取状によれば「魚沼郡波多岐庄上野興徳寺領」の公田段銭を上野彦九郎が,また天文22年12月の本庄実乃・大熊朝秀等連署段銭請取状によれば京都御要脚公田段銭を「魚沼郡波多岐庄上野村」上野家成がそれぞれ沙汰している(同前)。年未詳(天文23年か)3月13日付の中条玄蕃允宛長尾景虎書状には「今度上田之人数,上野之地成動候処,得勝利」とある(桜井文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306685
最終更新日:2009-03-01




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