ケータイ辞書JLogosロゴ 浦新田(近世)


新潟県>栄町

江戸期〜明治5年の新田名蒲原郡のうち信濃川水系貝喰【かいばみ】川下流右岸もとは浦谷内と呼ばれた荒蕪地で,浦とはかつて水辺であったことにちなむ周辺の古村の人々によって開拓され,明和9年の史料には福島新田のうちに上浦新田・中浦新田・小兵衛巻の名が見える(大脇家文書)「元禄郷帳」には当地名が見えず,「天保郷帳」では福島新田之内と注記されているものの福島新田とは別に村高が付されている福島新田の枝郷で,寛政元年福島新田が新発田【しばた】藩領から幕府領になった際に浦新田89石余として独立した(水原郡中組村高帳)幕府領村高は,「天保郷帳」167石余曽根新田へ続く囲土手は,水害から守るための築堤鎮守は神明宮で,通称庄九郎神明と呼ぶ明治5年福島新田に合併現在の栄町福島新田乙の一部にあたる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306892
最終更新日:2009-03-01




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