ケータイ辞書JLogosロゴ 江島新田(近世)


新潟県>柿崎町

 江戸期〜明治22年の新田名。頸城【くびき】郡のうち。江島新田村ともいう。寛永年間以降の開発か。はじめ高田藩領,天和元年幕府領,寛保2年からは高田藩領。村高は,「天和高帳」188石余,「天保郷帳」では上直海村枝郷江島新田村とあり同じく188石余。天和検地後とみられる国田組村々明細書上帳によれば,反別は田25町余・畑1町余,家数17・人数92,馬4(東横山中村家文書)。元来水利権を有する用水を持たず,灌漑には不自由した。東部耕地は柿崎川水系,西部耕地は坂田・長峰池を利用した。元文3年柿崎川に十王堂堰(百木村地内)が創設されてからは下条村を経た比較的豊かな残水に浴した。寛政年間以降,坂田新田・江島新田間にはしばしば水争いがあった(間家文書)。鎮守は神明社。明治12年からは中頸城郡に所属。同21年の戸数27・人口167。同22年下黒川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7306969
最終更新日:2009-03-01




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