ケータイ辞書JLogosロゴ 大井平村(近世)


新潟県>津南町

 江戸期〜明治22年の村名。魚沼郡のうち。江戸前期は信濃川右岸に点在する3か村の総称。本村である大井平村のほか,今井村・灰雨村からなる。はじめ高田藩領,天和元年からは幕府領。村高は,「正保国絵図」74石余,「天和高帳」113石余・新田26石余,「元禄郷帳」145石余,「天保郷帳」では枝村分も含み350石余。元禄7年改村鑑によれば,本村の家数24(庄屋1・本家19・水呑3・寺1)・人数152,馬19。大井平村3か村を統括する庄屋が本村大井平村に置かれた。本村には牛頭天王社・神明社・白山社,曹洞宗善福寺の寺社がある。台地上に位置するため山沢が少なく,田の用水は近隣7か村共同の中子溜池を利用した。また,薪・家萱・秣・田肥を刈り入れる山野が少なく,結東原と呼ばれる山へ大井平郷一帯の入会地を持ち,山手米代・野手米代を納めて刈伐していた。地内に郷蔵が設けられていたが,正徳2年皆金納となり廃止された。江戸中期以降は各村が大井平村に吸収され,郷帳類では大井平村1村として扱われるようになる。天保の飢饉により,天保8年下層農民が中心となって起こした豪農打毀では,当村庄屋宅も打毀された。天保9年村明細帳によれば,総村の家数91・人数435。明治8年大井平小学校が開校。同12年からは中魚沼郡に所属。同22年上郷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307102
最終更新日:2009-03-01




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