ケータイ辞書JLogosロゴ 大栗田村(近世)


新潟県>村上市

 江戸期〜明治22年の村名。岩船郡のうち。はじめ村上藩領,寛永19年幕府領,正保元年からは再び村上藩領。村高は,「慶長国絵図」では大黒谷村6石余,「元禄郷帳」では門前村枝郷とあり17石余,「天保郷帳」66石余。寛政3年御案内帳によれば,家数24・人数137。慶応元年村上藩取箇帳では,高66石余,総取米8石余,平銀6匁余,大豆2斗余・荏1升余・薪38束余・縄8束・葉萱28束余・糠7俵余・菜1束余を納めている。村上藩では城の用水不足のため,寛永11年女川郷中束村の黒はけから当村まで用水路を開削し,藤沢川の水を門前川に落とした。この普請の総入用は銀1,867匁余であった。御城御用水は坪根村から引いていたが,万治年間田地用水の不足に困った神納【かんのう】郷の山屋・上助淵・下助淵の3か村が藩に願い出て,御用水から用水を引くことを許されている。文化3年幕府領女川郷13か村は小見組庄屋平太郎を惣代として,大栗田村が幅3間の用水路を掘り割って水を引いているとして訴え出たが,幕府評定所の裁決では女川郷13か村の訴えは根拠のない心得違いとされた。当村は耕地が少ないため,山稼ぎによって生計を立て,女川郷の中束村地内からも塩木(薪)を切り出し門前川で川下げしていた。明治22年門前谷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307204
最終更新日:2009-03-01




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