ケータイ辞書JLogosロゴ 大塚新田(近世)


新潟県>小出町

 江戸期〜明治22年の新田名。魚沼郡のうち。元和2年長岡藩領,同4年高田藩領,延宝9年幕府領,文久元年からは会津藩領。村高は,「天和高帳」では小出島村大塚新田として29石余,「天保郷帳」では「小出島村之内」と注記されて33石余。天和3年検地帳によれば,田1町余・畑4町余,屋敷なし。用水は井口新田より江堰をもって引く。旱損場がある。文化2年頃には,民家なく地面は東西2町50間・南北2町8間。庄屋は,天和年間頃も文化年間頃も小出島村庄屋七郎右衛門が兼帯する。慶応4年閏4月27日戊辰戦争では周辺が激戦地となり,会津藩兵・旧幕歩兵隊士などの遺骸を当地に設けられていた火葬場の灰の中に埋める。大正2年火葬場灰置場片付けのとき,遺骨・一分金などが出土した。明治12年北魚沼郡に所属。同21年にも民家なし。同22年小出町村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307384
最終更新日:2009-03-01




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