ケータイ辞書JLogosロゴ 大栃山村(近世)


新潟県>入広瀬村

 江戸期〜明治22年の村名。魚沼郡のうち。元和2年三条藩領,同4年高田藩領,天和元年からは幕府領。村高は,元和4年19石余(目黒家文書),天和3年検地帳では本田48石余・新田18石余の計66石余,「元禄郷帳」60石余,「天保郷帳」115石余。戸口は,宝永4年宗門帳11軒・94人(宮家文書),延享3年村明細帳28軒・145人(同前),明治2年56軒・234人(大栃山区有文書)。天和3年検地帳には薬師境内と守門大明神境内が古跡として除地を受けている。鎮守守門神社は字上之段にあり,石の鳥居は小平尾石工の作。延享3年の史料によれば,農業のほか,男は船材木を切り出し,女は縮織りと養蚕を少々行うとある。天保年間に鉛山を発見,幕末にかけて小沢・外檜沢・南平・滝之下鉱山が開発された。明治9年の戸数62・人口248(北魚沼郡志)。同12年北魚沼郡に属す。同22年入広瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307418
最終更新日:2009-03-01




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