ケータイ辞書JLogosロゴ 大野新田(近世)


新潟県>加治川村

 江戸期〜明治22年の新田名。蒲原郡のうち。享保20年に初検地をうけた紫雲寺潟新田の1村で,大面村団次,湯川村佐五郎が50町歩を請地して成立した。特に団次は,潟の開発に貢献し,稲荷岡新田の開発や団次川,団次橋の地名を残した。城塚新田の付村として発展した。新発田【しばた】藩領。村高は,元和元年検地帳,「天保郷帳」ともに449石余。元文元年検地帳によれば,高付けされた反別は46町余,飛地が旧潟西縁に1か所あった。寛政元年の戸数23・人数120(御巡見使案内帳)。伝統芸能として大野神楽が継承されているが,これは江戸後期より松本神楽をもとに発達したものと伝えられ,幕舞・手舞・幣束舞・鈴舞から構成されることから四方舞とも呼ばれている(加治川村誌)。明治11年の「小三区村誌」によれば,税地は田37町余・畑7町余・宅地3町余・林1町余など総計51町余,戸数25(農23・工1・商1)・人口142,馬9。同12年北蒲原郡に所属。同18年の戸数23・人口154,倉庫4,荷車2,馬3,田37町余・畑7町余,物産は米260石余・麦4石余(金子村戸長役場村勢一覧)。同22年金塚村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307443
最終更新日:2009-03-01




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