ケータイ辞書JLogosロゴ 大原新田(近世)


新潟県>守門村

 江戸期〜明治22年の新田名。魚沼郡のうち。寛文3年に新田検地をうけて成立(延宝2年高家指出帳)。「元禄郷帳」では須原村枝郷と注記されている。元和2年長岡藩領,同4年高田藩領,延宝9年幕府領,寛保3年からは糸魚川【いといがわ】藩領。村高は,寛文3年検地29石余,「天和高帳」34石余,「天保郷帳」36石余。延宝2年高家指出帳での家数6。天和3年検地帳では田2町余・畑1町余,家数5。万延2年の家数28・人数118。鎮守は十二神社。農業のほか,男は木呂【ころ】・材木・薪を切り鼻不嚙【はなかまず】舟(丸木舟)を造って四日町河岸で商い,女は白布・小白布・続布・紬を織り養蚕を行う。山漆木・里漆木がある。高札場があった。寛延3年の糸魚川藩領村々の直訴状に当村も連判。宝暦13年〜明和元年の上条村々の大山論にも参加。文化7年当地の用水である小深沢上流の須原村内で新田開発があり,用水不足から争論がおこる。慶応2年7月18日夜の堀之内宿郷元・本陣への打毀には当村民も押し出したという。明治5年の租税は,本途米13石余,小役22銭9厘余,山蝋実税5銭余。同12年北魚沼郡に属す。同21年の戸数26・人口130。同22年須原村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307474
最終更新日:2009-03-01




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