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- 小木村(近世)とは
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![]() | 小木村(近世) 江戸期~明治7年の村名美濃国可児【かに】郡のうち江戸初期は池田村のうちであったがのち分村元和年間尾張藩給人酒井半左衛門知行地,のち藩の蔵入地となる村高は「天保郷帳」34石余,「旧高旧領」33石余寛政4年の人数230(人数書上帳),享和4年の家数50(高持30・無高20)・人数266,馬2匹(人数家数馬数書上帳)山稼ぎを主とし,柴・薪などを刈り,栗を名古屋へ売り出す村社は諏訪明神当地は木曽義仲が粟津で敗れた時,四天王の1人今井四郎兼平が一族とともに移り住んだ所と伝える同氏が再挙を計るべく農民に教えた武技が芸能化し,現在「小木の棒の手」として伝わる明治4年岐阜県に所属同7年南小木村と改称 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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![]() | 小木村(近世) 江戸期~明治7年の村名美濃国可児【かに】郡のうち旗本江吉良林氏知行地村高は「正保郷帳」によると,高84石余,うち田63石余・畑20石余・山年貢1石余「天保郷帳」では88石余であるが,根本村の枝郷と記載「旧高旧領」84石余慶応4年村明細帳の家数38・人数男68・女70・僧1計139明治4年岐阜県に所属同7年北小木村となる... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」