ケータイ辞書JLogosロゴ 荻谷村(近世)


新潟県>柿崎町

 江戸期〜明治22年の村名。頸城【くびき】郡のうち。はじめ高田藩領,天和元年幕府領,文化6年からは高田藩領。村高は,「慶長国絵図」204石余,「正保国絵図」262石余,「天和高帳」290石余,「天保郷帳」297石余。天和検地では,反別は田21町余・畑9反余,家数22・人数115,馬14とあり,「用水ハ平沢地内ニ有リ,荻谷・川田・阿弥陀瀬ノ三村ニテ用フ,堰大破ノ節ハ郷中人足割ニ付余荷トス」とある(金子茂家文書)。用水は慶長年間近隣8か村で柿崎川上流に創設の初田堰と,さらに古くからの宗照寺川上流の大沢用水を利用。安永3年初田堰組上4か村と下4か村との間で水論が発生(竹内家文書),天保13年・文久2年にも訴訟がおきている(吉井家文書)。大沢用水では寛文13年・元禄13年・延享元年・宝暦3年と平沢地内の御戸寺呑水江筋による新田開発をめぐり,川田・阿弥陀瀬・荻谷3か村と平沢村との間で争論となった(金子家文書・樫出家文書)。鎮守は諏訪神社。明治12年からは中頸城郡に所属。同21年の戸数25・人口154。同22年下黒川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307670
最終更新日:2009-03-01




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