ケータイ辞書JLogosロゴ 奥村新田(近世)


新潟県>加治川村

 江戸期〜明治22年の新田名。蒲原郡のうち。享保20年に初検地をうけた紫雲寺潟新田の1村で,はじめは後願人新発田町長兵衛の請地であったが,検地直前に同町奥村茂作に譲られた。幕府領。村高は,「天保郷帳」231石余。元文元年検地帳によれば,高付けされた反別は26町余,ほかに除地として秣場・萱野などがあり,総反別27町余,飛地が真野原などに13か所あった。宝暦5年村明細帳には,当村の地勢について「当村土地ノ儀ハ田畑共砂地フク地ニ御座候……畑方,麦・ソバ・大根・雑事等作リ候共,日照相続キ候得バヤカレ申候,砂地ニ御座候」とある。初め庄屋は茂作が勤めたが,当村の土地所有の変遷はめまぐるしく,文化3年からは水原【すいばら】町の千町歩地主市島家が一村を買い受けて勤め,明治期には須貝家(現紫雲寺町藤塚浜)へと移った。初代庄屋茂作が開いた曹洞宗の尼寺栄浄庵がある(加治川村誌)。明治11年の「小三区村誌」によれば,税地は田14町余・畑7町余・宅地2町余など総計25町余,戸数21・人口103,馬1。同12年北蒲原郡に所属。同18年の戸数22・人口102,荷車3,馬2,田24町余・畑7町余,米169石余(金子村戸長役場村勢一覧)。同22年泉村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307696
最終更新日:2009-03-01




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