ケータイ辞書JLogosロゴ 小千谷村(近世)


新潟県>小千谷市

 江戸期〜明治22年の村名。魚沼郡のうち。小千谷町ともいう。元和2年幕府領,同4年高田藩領,天和元年からは幕府領。村高は,「正保国絵図」では小千谷町と見え446石余,「天和高帳」612石余,「天保郷帳」671石余。天和3年検地帳では田31町余,畑・屋敷33町余うち屋敷8町余。文化2年書上では,村域は東西7町・南北3町22間,家数946,裏町・横町・寺町・土手町・孫八町・原町・柳小路・孫八小路・四軒小路・旅屋小路・鉄砲小路・神明小路などの町場がある。集落は近世初頭まで湯殿川の信濃川への合流点付近にあったが,狭く,かつ洪水の難があったため,慶長末年から背後の段丘上へ町移りを開始,寛永15年頃現在の町並みの原型が出来上がったという(小千谷市史上)。文政8年の家数1,121・人数5,344,陣屋・御蝋点所・郷蔵・牢屋・船改め番所・川除番詰所があり,預り鉄砲4,橋5,堰2,川船14,寺院は真言宗の五知院・成就院・慈眼寺・証光院・下円明寺・菩提院・上延命寺・遍照庵や浄土宗照専寺,浄土真宗の専正寺・不退寺・極楽寺・常敬寺,禅宗寿慶庵,修験の厳本院・福寿院,神社は日光権現・神明宮・諏訪明神・春日明神・住吉明神,ほかに観音堂がある(御手鑑書上/小野坂家文書)。元禄6年から日光権現の弥彦社からの独立争論が起こる。享保13年町場全焼。延享2年箱訴事件起こる。寛政年間商人地主と農民間で対立が表面化,訴訟となる。明治2年土川村魚沼神社境内と除地一帯を当村に編入,同22年同地域を城川村に編入。明治5年郵便取扱所を設置,同8年小千谷郵便局と改称。同12年北魚沼郡に所属し,郡役所が置かれる。同13年小千谷警察署設置。同20年長岡区裁判所小千谷出張所を設置。同年旭橋が竣工。同22年市制町村制施行による小千谷町となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307775
最終更新日:2009-03-01




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