ケータイ辞書JLogosロゴ 貝喰新田(近世)


新潟県>栄町

 江戸期〜明治22年の新田名。蒲原郡のうち。寛政3年頸城【くびき】郡柿崎村藤右衛門はじめ願人7名および周辺の野組11か村の村請請願により,水原代官所大貫次右衛門が新発田【しばた】藩と協議の上で見分し,寛政6〜7年の検地で高入されて成立した(釈迦塚公民館蔵貝喰谷内御新開場御検地始請書留記)。幕府領。同検地によれば,反別は町人請91町余・村請33町余の計125町余,高は町人請590石余・村請116石余の計707石余。「天保郷帳」での村高も707石余。寛政10年の家数27・人数103,うち男55・女48。天保13年の家数44・人数278(山崎平一家文書)。鎮守の貝喰神社は,神明・稲荷両神に水の神金毘羅明神を合祀。東向きの家屋敷が整然と区画されているのは新開発地の特色。検地後間もなく加茂町の市川家が大半を接収。明治12年南蒲原郡に所属。同15年貝喰新田に今井学校校舎新築。同18年高橋新田,同19年若宮新田新田を合併。同22年五加村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7307915
最終更新日:2009-03-01




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