ケータイ辞書JLogosロゴ 上山田村(近世)


新潟県>羽茂町

 江戸期〜明治22年の村名。羽茂郡のうち。幕府領。村高は,「天保郷帳」465石余。元禄7年検地帳では田22町余・畑20町余,御林1,松林19,柴山・雑木林9,竹林5,秣場22。慶長年間に通称十二ケ平家の藤内左衛門が江戸から藤内柿(十二柿)を移植し,羽茂郡を中心に佐渡全域に普及したという(羽茂村誌)。柿は吊し柿や串柿にして奥州・松前に販売された(佐渡志)。天保9年の村書上帳(橘鶴堂文庫)によれば,家数59・人数336,職業は建木屋・左官・桶屋各1,板木商2,家大工3,木挽4,小物成は山役・漆役・油建木役・糀室役。同年の佐渡一国一揆の指導者は当村の中川善兵衛で,翌年獄死した。明治期に善兵衛平(観音寺跡)に義民供養のため墓碑が建立され,8月17日には供養念仏が催される。「巡村記」では,天保12年の家数58・人数327,高465石余,田22町余・畑22町余,取米180石余,寺社は真言宗観音寺(のち廃寺),本山修験金剛院,気比大明神。明治22年羽茂本郷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7308585
最終更新日:2009-03-01




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