ケータイ辞書JLogosロゴ 上和納村(近世)


新潟県>岩室村

 江戸期〜明治22年の村名。蒲原郡のうち。元和2年長岡藩領,寛永11年旗本牧野氏知行,文久3年からは三根山藩領。村高は,「元禄郷帳」1,249石余,「天保郷帳」1,602石余。はじめ旗本牧野氏の代官陣屋が置かれた。享保15年陣屋は三根山へ移された。当村では遅くとも元禄4年までに馬市が始まり,享保16年風俗の乱れ,火の用心の悪さ,昼夜警備の負担過重などを理由に当村から願い出て廃止された。のち嘉永5年再興。名主は和納組割元を兼任,代々中原氏と伊藤氏が世襲。元禄6年の家数115(地持93・名子16・寺3・渉人3)・人数847。寺院は曹洞宗楞厳寺・真宗大谷派願善寺・同宗福成寺。神社は八幡社・諏訪社・住吉社。明治6年願善寺を借用して和納校が開校。同9年の戸数298・人数1,553,馬71,農船16・荷船8,特産は米・大豆・小麦・菜種・藍・清酒・菜種油・素めん・白木綿(皇国地誌)。当村の伊藤左武郎が自由民権運動に活躍した。明治22年和納村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7308602
最終更新日:2009-03-01




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