ケータイ辞書JLogosロゴ 亀塚浜村(近世)


新潟県>聖籠町

 江戸期〜明治22年の村名。蒲原郡のうち。新発田【しばた】藩領。村高は,「正保国絵図」「元禄郷帳」ともに5石余,「天保郷帳」18石余。天和3年御領内検分之書付(貴船家文書)によれば,家数23・人数167,塩5石,地子米2石。また,享保末年頃の新発田藩小物成諸役覚書(県史)に,太郎代浜・島見浜・亀塚浜の三ケ浜で塩釜屋敷33軒,家数37,馬数11とあり,塩業が盛んであったことが知られる。村の開祖の旧家は7軒と伝えられ,塩炊き,漁業,開拓を奨励した新発田藩の施政により,信濃・加賀・能登や中蒲原・新潟方面よりの移住者によって形成されたもの。半農半漁だが,浜村の中では農地が多かった。水利悪く,共同井戸があった。市川神社・神明社・諏訪社がある。明治維新時には70余戸。明治8年松ケ崎校の付属校として亀塚校が開校,同18年網代小学校(のちの亀代小学校)第2分場となる。明治12年北蒲原郡に所属。同22年の戸数112・人口808(聖籠町誌)。同年亀代村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7308620
最終更新日:2009-03-01




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