ケータイ辞書JLogosロゴ 木浦郷(中世)


新潟県>小木町

 南北朝期〜室町期に見える郷名。佐渡国羽茂【はもち】郡のうち。地名としては鎌倉期から見え,弘安8年6月1日の六波羅下知状によれば,「木浦守護代職」は本間宣定,「木浦内宿禰宜・柄積・伊豆穂・堂釜」と「木浦三分一御公事」は宣定の舎弟重久に沙汰付されている(佐渡志/越佐史料)。当時の木浦守護代の館は,地名・神社などから現在の小木町の海潮寺付近と考えられている(小木町史)。重久の所領所職は孫の有宣に譲られたが,建武3年2月25日宿禰木浦の合戦で有宣は子孫のないまま討死,有宣の父であり重久の子である宣久は遺領として「木浦郷内三分壱地頭職代」の安堵を求めたが,康永2年6月13日足利氏は譲状がないとしてこれを拒否した(斉藤秀平所蔵文書/佐渡遺文)。永享9年3月6日,本間源厚は重代相伝所領たる「木浦郷内宿禰宜浦」などを子の淳泰に譲っている(本間文書/越佐史料)。中世木浦郷は,ほぼ現在の小木町全域を指すと思われる(小木町史)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7309032
最終更新日:2009-03-01




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