ケータイ辞書JLogosロゴ 木山沢新田(近世)


新潟県>湯之谷村

 江戸期〜明治22年の新田名。魚沼郡のうち。大沢村の枝郷。元和2年幕府領,同4年高田藩領,天和元年からは幕府領。村高は,「天和高帳」62石余,「天保郷帳」67石余。天和3年検地帳では,田4町余・畑1町余,家数4。寛永初年に山野の開墾が始まり,江戸中期には大沢村との境界が入り組み,民家が混在していたという。家数・人数は,寛保3年12・61,宝暦5年11・63,寛政元年12・42。寛永18年折立村中村の源蔵が発見した鉱石を花降銀に吹き分けたのが源蔵の従兄弟で当村の鍛冶藤右衛門であり,これが上田銀山開掘の端緒となった(星家文書・井口家文書・穴沢家文書)。米の津出しは,郷蔵から小出島河岸までの9町。寛政元年の大洪水で吉田堰の江丸が大破し,十二山神社の森下に同堰の新用水堀が開削された。この頃,当村の村祭りが十二山神社で行われる。天保4年庄屋宗治郎は代官回村時の本陣を郷元井口藤太に指定するように嘆願し,同年東蔵組12か村の郷蔵普請の願書にも連判する。明治5年の県税は,本途米27石6斗余・山手税4升,小役永411文余。同9年の戸数14・人口87。同12年北魚沼郡に属す。同22年八箇【やつか】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7309063
最終更新日:2009-03-01




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