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- 上条(中世)とは
「上条(中世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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上条(中世) 室町期から見える地名 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 南北朝期~室町期に見える地名大隅国串良【くしら】院のうち正平12年4月20日の島津氏久宛行状に「大隅国串良院弁分〈上条〉同立小野村」とあり,兵粮料所として田代次郎に宛行われている(氏久公御譜/旧記雑録)これは串良院の半分地頭になったことを意味し,応永5年12月25日の田代清久置文には「串良院上条地頭職并弁分」とある(田代氏文書/同前)なお,弁分とは弁済使職の得分米のことであるまた,永享5年4月29日の伊集院為久宛行状では当地の10町が田代清定に宛行われている(伊集院煕久譜/同前)上条の名称から串良院の北半の地域と考えられ,現在の串良町大字有里・細山田の付近に比定される正平12年の宛行状の立小野村は大字細山田の内に同地名が残る... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 南北朝期~室町期に見える条名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 鎌倉期~戦国期に見える条名越後国蒲原郡弥彦荘のうち正応3年8月15日の弥彦神社領并社人知行覚に「上条」の弥彦社領として30筆・6万6,500刈が記される(高橋文書)なお,本文書は研究の余地がある文明2年5月18日の弥彦神社御頭注文写によれば,弥彦社領には条役が賦課されており,8月18日の神事は上条と仁崎が頭役を勤めていた(大矢文書)天文6年8月21日の弥彦神社領注文写に「上条社領分」と見え(高橋文書),ここに記された字名のうち「かな丸」は岩室村和納字金丸に比定されるので,上条は岩室村付近と思われる... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 戦国期に見える条名越後国岩船郡荒河保のうち永正4年11月21日,奥山荘の中条藤資が,前守護上杉房能側に与した本庄時長らを追討した功績により,守護上杉定実から恩賞として「荒川保内上条分」を宛行われ,同年12月9日蒲原郡代山吉能盛が当地を藤資に打ち渡している(反町三浦和田中条文書)現在の荒川町域は,江戸期に上保内組と下保内組に分けられ,このうち上保内組は荒川上流域の花立・荒島・春木山・鍛冶屋・切田・坂町・藤沢・佐々木などの村々が含まれていたこれらの諸村に比定されるか... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 戦国期に見える条名越後国古志郡高波保のうち文明末年の長尾・飯沼氏等知行検地帳(上杉家文書)に,飯沼遠江守分高波保のうち被官大関太郎左衛門尉給分,飯沼弾正左衛門尉分高波保のうち被官山沢源左衛門尉給分として「上条乙吉」が見える大永7年10月19日の長尾房景領分段銭日記(反町段銭日記)に「高波保上中下条」とあり,上条は高波保を三分したうちの南部で,現在の長岡市乙吉町付近に比定される... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 南北朝期に見える条名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 南北朝期に見える条名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 戦国期に見える地名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 室町期に見える地名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
上条(中世) 鎌倉期に見える地名伊豆国田方郡のうち「吾妻鏡」文治5年6月6日条に見え,南条・北条・中条と境を並べていると記している現在の韮山町大字南条・中条の近隣に比定されるが,詳細は不明... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」