ケータイ辞書JLogosロゴ 諏訪山新田(近世)


新潟県>聖籠町

 江戸期〜明治22年の新田名。蒲原郡のうち。元禄12年新田開発年限届出帳(新発田市立図書館蔵)には明暦元年の開村とあり,同年の聖籠新川開削にともなう開発と考えられる。なお,「元禄郷帳」「天保郷帳」には桑口村枝郷と注記されている。新発田【しばた】藩領。村高は,「元禄郷帳」119石余,「天保郷帳」275石余。天和3年御領内検分之書付(貴船家文書)によると,家数18・人数118,草高119石余,石高89石余。諏訪神社と神明社がある。江戸後期には名主中野家4代仙右衛門(敬興)が私塾大野塾を開き,6代敬吉(耻堂)は塾舎を新築し,絆己楼と改称し,蒲原郡最大の私塾に発展した。嘉永6年に建築された2階建の塾舎は現存しており,2階は10畳が2間で講義場,1階は12坪半の板の間で剣道場として使われ,受講者は1,000名を超えたといわれる。明治12年北蒲原郡に所属。同22年聖籠村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7311338
最終更新日:2009-03-01




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