ケータイ辞書JLogosロゴ 諏訪山(近代)


新潟県>聖籠町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ聖籠村,昭和52年からは聖籠町の大字。当初は諏訪山新田と称した。苔沼に,大正8年1軒,同12年1軒が移住。昭和23年県農地部の山林開放で未墾地の開拓が開始された。同25年聖籠中学校が移転新築。同52年には東北電力火力発電所が稼動。同年町役場落成。電力アパートをはじめ宅地化も進行し,尾沢ケ丘,聖中ケ丘,稲の平などの集落が成立。同63年敬和学院大学,新発田中央高校の誘致も決定。町の中心地となる。明治22年の戸数76・人口445,昭和60年の世帯数277・人口1,078。越後観音29番札所・蒲原観音27番札所で聖籠観音様として知られる真言宗宝積院は,はじめ富塚村にあって常福寺と称していたが,新発田藩初代藩主溝口秀勝が祈願所として寺領200石を寄付し宝積院と改め,4代藩主重雄の代に新発田城の北東にあたる外ケ輪【とがわ】に移転したものだが,大正5年に当地の観音寺に一切の寺有財産を合併し,寺号も聖籠山宝積院観音寺と改めた。同寺には溝口家代々藩主の直筆・直作や寄進什宝が伝えられている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7311339
最終更新日:2009-03-01




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