ケータイ辞書JLogosロゴ 関田村(近世)


新潟県>板倉町

 江戸期〜明治22年の村名。頸城【くびき】郡のうち。はじめ高田藩領,天和元年からは幕府領。村高は,延宝7年越州四郡高帳194石余,「天和高帳」151石余,「天保郷帳」227石余。地内を,関田峠を越えて飯山市温井(現長野県)に通じる関田街道が通っており,早くから口留番所が置かれていた。慶長11年関田村庄屋宛文書(細井家文書)に,「関田口留,如前々被成候」「如例年其村之諸役等御用捨被成候」とあり,口留番所につめるかわりに諸役を免除されていた。天和3年検地帳(関田区有文書)によれば,反別は田9町余・畑10町余。神社は八幡社。寺院は曹洞宗智泉寺。明治12年からは中頸城郡に所属。同21年の戸数120・人口728。同22年根越村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7311371
最終更新日:2009-03-01




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