ケータイ辞書JLogosロゴ 高倉(近代)


新潟県>守門村

 明治34年〜現在の大字名。はじめ上条村,昭和31年からは守門【すもん】村の大字。明治35年高倉小学校を旧高倉村役場の隣接地に移転増改築,また,高倉小学校二分分教場を建築。昭和28年大宿地内の字倉で硫化鉱を開掘,架空索道で鉱石を運搬。江戸期から昭和30年頃まで養蚕が盛んであったが,その後は十日町市への出機稼ぎが行われた。守門岳は,古くから験者たちの修行の場となり,登拝の道が開削されていた。古道の二口には古くから鳥居があった。また,新道【いまみち】は江戸初期の開削と推定される。昭和30年の世帯数178・人口1,007,田63町・畑32町・宅地1万830坪・米1,153石・蚕繭1,040貫・木炭10万貫・村有林538町。同56年高倉小学校が上条小学校に統合。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7311660
最終更新日:2009-03-01




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